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ぬのかわ通信

ぬのかわ通信vol.18 犬の前十字靭帯断裂

こんにちは、獣医師の嶋田です。
私は、当院で整形外科を主に担当しています。今回は皆様に前十字靭帯断裂についてご紹介します。犬の整形外科疾患の中では、比較的診る機会の多い関節病です。

犬の前十字靭帯について

前十字靭帯とは後肢の膝関節の中にある靭帯です。犬が運動するときに膝関節が安定して屈伸運動ができるように働いています。

前十字靭帯の解剖前十字靭帯の解剖

図:前十字靭帯の解剖

靭帯について

靭帯とは、骨と骨とを繋ぐ繊維の束のことをいいます。ちなみにですが、腱とは筋肉と骨とを繋ぐ繊維の束のことをいいます。

前十字靭帯は膝関節の内部に存在している靭帯で、後十字靭帯とともに大腿骨と脛骨を繋ぎとめ安定させている頑丈な靭帯です。その名の通り前十字靭帯と後十字靭帯は十字に交差をした位置関係にあります。膝関節が屈伸運動をする時に大腿骨と脛骨を一定の距離で安定させる機能をもっています。

さらに、図のような位置関係にあることで、①脛骨の前方変位を制御する力、②脛骨の内旋を制御する力、③膝関節の過伸展を制御する力に特化しています。同様に、後十字靭帯は①脛骨の後方変位を制御する力、②脛骨の内旋を制御する力、③膝関節の過伸展を制御する力に特化しています。

犬の前十字靭帯断裂について

前十字靭帯は様々な原因で完全にあるいは部分的に切れてしまいます。前十字靭帯が損傷を受けると膝関節では強い炎症がおこり、重度の痛みと跛行(はこう)を引き起こします。跛行の程度は様々です。靭帯損傷と関節炎の程度によって、「なんとなく歩き方がおかしい」軽度の跛行から「完全に後肢を上げる」重度の跛行まであります。また前十字靭帯断裂で不安定な関節のまま運動をし続けると、半月板の損傷を合併し、さらに重度な痛みと跛行が長期化します。

前十字靭帯断裂

図:前十字靭帯断裂

正常膝関節と前十字靭帯断裂の膝関節の比較

犬の脛骨は頭側から尾側にかけて緩やかに傾いているため、大腿骨から体重を受けると、脛骨は前方に変位してしまいます。

正常膝関節前十字靭帯断裂

靭帯断裂とは

重度の捻挫のことです。靭帯が様々な原因によって部分的にあるいは完全に切れてしまうことです。靭帯断裂により、本来繋ぎ止められていた骨同士が不安定になり、スムーズな関節運動ができなくなると跛行が生じます。また、不安定な関節運動を続けることにより慢性的な関節炎や関節の変形を引き起こします。

前十字靭帯が断裂すると

膝関節内で大腿骨と脛骨が不安定になります。この状態で患肢に体重がかかると、犬の脛骨の解剖学的構造の特徴により脛骨は前方に変位して(ズレて)しまい、正しく体重を足にかけることができず跛行が生じます。

また、前十字靭帯は敏感な感覚神経を持つため小さな靭帯の損傷でも激烈な痛みが生じます。さらに前十字靭帯断裂は進行性の関節炎と変形性膝関節症を引き起こすため、慢性的な痛みと跛行を示すようにもなります。

前十字靭帯が断裂した状態で無理して歩き続けると、半月板(半月軟骨)に無理な力がかかり半月板損傷が生じます。半月板損傷は関節炎と痛みを増悪させるため、跛行はより重篤化していきます。

半月板損傷

図:半月板損傷

好発年齢と好発犬種について

犬の前十字靭帯断裂は、小型犬から大型犬まですべての体重の犬で認められますが、体重の負担がかかりやすい大型犬から超大型犬に好発する傾向が見られます。

年齢はどの年齢でも起こりえますが、大型犬では5〜7歳で生じやすく、小型犬では高齢(10歳前後)で発症しやすい傾向があります。

好発犬種
ニューファンドランド ロットワイラー
セント・バーナード ラブラドール・レトリーバー
ゴールデン・レトリーバー ウェルシュ・コーギー
ブルドック ボクサー
アメリカン・コッカー・スパニエル キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル
ビーグル トイ・プードル
ヨークシャー・テリア 秋田犬
柴犬
なぜ前十字靭帯は断裂するのか?

犬の前十字靭帯断裂はその原因によって大きく2つに分類されます。

1.急性前十字靭帯断裂

外傷が原因で生じるタイプで、交通事故やスポーツ(フリスビーやボール投げなどの運動)などで過剰なエネルギーが膝関節に加わることにより起こります。運動量の多い2〜3歳未満の犬で見られます。

人の前十字靭帯損傷ではこのタイプが最も一般的ですが、犬の前十字靭帯断裂では稀です。

2.慢性前十字靭帯断裂

前十字靭帯がゆっくりと慢性的に変性していくことが原因で生じるタイプです。前十字靭帯の変性が進行していくと、靭帯は十分な強度を維持できなくなり、普段の運動でも小さな損傷が蓄積していき、部分断裂が生じます。さら悪化を重ねると靭帯の完全断裂に至ります。犬の前十字靭帯断裂のほとんどがこのタイプです。
犬の前十字靭帯断裂のほとんどがこのタイプです。

慢性前十字靭帯断裂の発生要因として以下のものが考えられています。

  • 遺伝学的要因
  • 免疫学的要因
  • 形態学的要因(大腿骨、脛骨)
  • 生体力学的要因
  • 併発疾患による

犬の前十字靭帯断裂の症状

前十字靭帯の損傷の程度や半月板損傷の有無に応じて、跛行の程度は様々です。当てはまる症状が複数ある場合は、早めの受診をおすすめします。

  • いつも同じ側の後ろ足だけ体重をかけずに立っている
  • 4本足の着地点を結ぶと、長方形ではなく、台形あるいは菱型になる
  • 綺麗な左右対称のお座りができない
  • お座りをさせると、後ろ足が外側あるいは内側へと流れてしまう(お姉さん座りやあぐらをかくような座り方をする)
  • 座った時に踵とお尻が離れている
  • 歩いていると、後ろ足が着地はしているが十分に体重をかけられていない
  • 稀にあるいはずっと後ろ足を挙げて歩いている(後肢の挙上)
  • 歩いていなくても後ろ足を挙げてしまう
  • 運動後に後ろ足を跛行させることが多い
  • 寝起き時に後ろ足を跛行させることが多い

犬の前十字靭帯断裂の診断

①診断はまず整形学的検査から行います。
膝関節の伸展時疼痛の有無、脛骨前方引き出し試験、脛骨圧迫試験などから前十字靭帯の痛みと大腿-脛関節の不安定性(ズレ)を確認することができます。
正常な犬では見られないため、これらの検査で痛みやズレが見られた場合は前十字靭帯断裂が強く疑われます。

②次に単純レントゲン検査を行います。
痛みが強く筋肉の緊張が強い場合には鎮静処置が必要となることがあります。
レントゲン画像には前十字靭帯や半月板は映りませんが、関節炎から生じる関節液の貯留や関節の変形(変形性関節症)、大腿骨と脛骨のズレなどを確認します。

③また症状や経過などに応じて神経学的検査、血液検査、関節液検査、超音波検査を行います。
これらの検査は、前十字靭帯断裂を引き起こす別疾患の有無、あるいは前十字靭帯断裂の治療より優先すべき病気の有無を確認するためのものです。
治療方法の選択、治療成功率に大きく関わるため、特に外科治療の前には必要な検査となります。

④前十字靭帯断裂の確定診断は、関節切開術や関節鏡検査で前十字靭帯の損傷を肉眼的に確認することです。
ただし、これらの方法には全身麻酔が必要なため、外科治療と同時に行うことがほとんどです。

犬の前十字靭帯断裂の治療

治療の基本は外科治療+リハビリテーション療法になります。不安定になった膝関節がほぼ正常な安定性に早期に回復するには手術が必要となります。しかし、年齢や別疾患などの理由で手術が受けられない場合には内科治療でケアをしていきます。

内科療法

前十字靭帯断裂の内科療法は保存療法です。下記の方法を組み合わせて痛みのコントロールを行いながら、生活の質を維持していく治療法です。長期間安静にして、自己治癒力で膝関節が緩やかに安定化していくのを補助していきます。

内科治療
ケージレスト(安静)
鎮痛薬(痛み止め)
環境の整備
体重管理
関節系サプリメント
リハビリテーション
サポーター
外科療法

断裂して不要となった前十字靭帯をトリミングし膝関節内を洗浄します。その後、不安定な膝関節を安定化させる手術を行います。安定させる術式は様々な方法が考案されていますが、当院では大きく2つの術式を取り入れています。体重・体格・活動性などを考慮し適切な術式を選択します。

1.脛骨高平部水平化骨切り術:TPLO

大型犬・超大型犬にも対応できる強力な術式です。
本来傾斜のある脛骨高平部を骨切りし回転して水平にすることで、 体重をかけた時に大腿骨と脛骨がズレないようにする術式です。

2.関節外法

体重が軽い小型犬や活動性の低い犬に適した術式です。
人工材料を代替靭帯(人工靭帯)として用い、大腿骨と脛骨を安定化する方法です。関節外法の中にも様々な術式が存在しますが、当院ではLFS法(Lateral Fabellotibial Suture)を行います。

LFS法 LFS法

当院で実施したTPLO法の紹介

術後レントゲン検査

術後レントゲン検査 術後レントゲン検査

リハビリテーション療法

手術後の膝関節の機能を取り戻すために行います。術後、適切なリハビリを行うことにより十分な膝関節の可動域の維持や筋力の回復が見込めます。

リハビリテーションは手術後の回復程度に応じて当院リハビリテーション科での治療をご案内します。

無治療の場合のリスク

前十字靭帯断裂の犬の30〜40%では、2年以内にその反対足でも前十字靭帯断裂が生じるとされています。早期の治療ができなかった場合では、その可能性は高くなると考えられます。

半月板が損傷します。膝関節が不安定な状態で運動を続けることによって半月板に過剰な負荷がかかることで生じます。半月板損傷は、さらに関節炎を進行させ痛みも重篤化するため、跛行が長期化します。

関節炎が進行し続けることで変形性関節症が起こります。変形性関節症では関節周囲に骨増殖体・骨棘が作られます。骨増殖体・骨棘は本来関節には存在しないため、関節の運動時に邪魔となり痛みや関節可動域の減少に繋がります。

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