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症例紹介

循環器科

犬の動脈管開存症(PDA)

こんにちは、獣医師の久津間です。
今回も先天性の心臓病の第3回目として「動脈管開存症(PDA)」という病気について説明させていただきます。 この病気は、ワンちゃんの生まれつき発生する心臓病の中で最も多いとされている病気なので紹介させていただきます。

動脈管開存症(PDA:Patent Ductus Arteriosus)とは

動脈管とは、赤ちゃんがお母さんのお腹の中にいるとき(胎子期)に、肺動脈から大動脈への抜け道になっている血管のことをいいます(下図)。
胎子期には肺で呼吸をしないため、肺動脈から肺へ多くの血液を送る必要がなく、肺動脈から大動脈へと肺をバイパスして血液を送る仕組みになっています。この役割を果たすのが動脈管であり、出生後は不要となるため、通常は生後2~3日で完全に閉じます。これが閉鎖せずに残っている状態が動脈管開存症です。
通常、血管内の圧力(血圧)は、肺動脈よりも大動脈の方が高く、出生後は胎子期とは逆方向、すなわち大動脈から肺動脈の方向に血液が流れます。しかし、動脈管が開いてしまっている場合、全身に回るべき血液の一部が動脈管を通じて大動脈から肺動脈に抜けていくため(左-右短絡)、肺動脈に余分な負担がかかります。重症化すると、顕著に増加した血圧によって肺血管が肥厚し、肺高血圧症の状態になります。そうなると血液が肺動脈から大動脈へと逆に流れるようになり(右-左短絡)、酸素化されていない静脈血が、動脈管を介して全身に流れるため舌の色が青紫色になります。このように粘膜が酸素不足によって赤色から青紫色になることをチアノーゼといい、この病態をアイゼンメンジャー症候群と呼び手術不適応の状態となります。

動脈管開存症(PDA:Patent Ductus Arteriosus)

好発犬種

様々な犬種で見つかりますが、特にプードル、ポメラニアン、マルチーズ、コリー、シェルティーなどに多いといわれています。
猫での発生も報告されていますが、犬に比べて発生は少ないです。

症状

左-右短絡の場合は、無症状のことが多いです。また、子犬の胸に手や耳をあてて、ザラザラという異常音が感じられたら、この病気の可能性があります。
重症化すると、咳がでてきたり呼吸が苦しくなったりします。肺機能が悪化すると肺高血圧症となり、肺動脈から動脈管を介して全身に静脈血が流れるため、チアノーゼが認められるようになります。右心不全にまで進行した子は腹水などが認められることもあります。

診断

①聴診

心雑音を見つけることが診断の糸口となります。
典型的な場合、心基底部より連続性雑音が聴取できます。

②胸部レントゲン検査

重度であれば左心系の拡大や動脈管起始部および主肺動脈の拡大が認められます。

胸部レントゲン検査

重度の動脈管開存症のレントゲン画像

③心臓超音波検査

カラードップラーを用いると肺動脈分岐部手前付近から肺動脈弁方向に向かう短絡血流がモザイクパターンとして観察されます(図1)。このモザイクパターンの広がりをもとに短絡量をある程度推測することできます(図2)。短絡量が多い場合は、主肺動脈全体にモザイクの広がりがみられます。同じ断面より動脈管を描出することも可能です。
短絡量が多い場合、左心系の拡大が認められ、弁輪拡大に伴う僧帽弁逆流(ぬのかわ通信vol.17)を合併することもあります。
肺動脈圧の推測も心臓の超音波検査より推測が可能です。
短絡血流速を測定し、以下の式にあてはめます。

簡易ベルヌーイ式:圧較差=4×V(流速)²

肺高血圧症が存在しない場合、大動脈と肺動脈の圧較差は100mmHg以上となります。
圧較差の減少分がおおよそ肺動脈圧の上昇分となります。

心臓超音波検査

簡易ベルヌーイ式より圧を測定すると
圧較差=4×3.6×3.6
≒52mmHg となります。

治療方法

内科療法

動脈管を閉鎖させるお薬はありませんので、基本的に内科療法での完治は期待できません。うっ血性心不全が起こっている場合では、手術ができるようになるまで利尿剤や血管拡張剤、強心剤にて治療を行います。

外科療法

生後数カ月以内のできるかぎり早期に動脈管を閉鎖した場合、最もよい結果が得られます。
手術は左-右短絡性の動脈管開存症の場合に適応になります。右-左短絡性の動脈管開存症の症例では、動脈管の結紮によって急性右心不全が発現し死に至るため手術は不適となります。

①開胸術による動脈管結紮法
開胸を行うのでカテーテル治療に比べればやや侵襲は強いです。しかし、しっかりと動脈管を結紮できるので残存血流を残すことなく手術できる可能性が高いです。直接法とジャクソン法の2種類があり、年齢や動脈管の硬さなどを考慮してどちらを実施するか検討します。合併症としては出血や血栓形成、不整脈などがありますが、成功率は95%といわれています。

①インターベンショナルラジオロジー(IR)
PDAコイルを用いたコイル塞栓術とワイヤーメッシュ性の自己拡張型デバイスであるAmplatz canine duct occlude(ACDO)を用いた動脈管の塞栓方法があります。
どちらも大腿動脈よりアプローチを行いますので低侵襲で実施できます。しかし、適用できる動物の体格に限界があるのと動脈管の形態によっては実施できない可能性があることが欠点です。

開胸術とIRの治療成績を比較した報告では、死亡率に差はないものの、動脈管出血など重度な合併症の発生率は開胸術のほうが高く、残存血流の発生率はIRの方が高いことが報告されています。
現時点では、治療法の選択は動脈管の形態やサイズ、動物の体格に基づいて判断されますが、手術方法は術者の考え方にも左右されます。

治療の見通し

動脈管の結紮後は、定期的に心臓の状態を確認することが必要になります。手術後に心雑音が存在する場合は、動脈管の再開存あるいは完全に動脈管を閉鎖できていない可能性が考えられます。動脈管の閉鎖を行わなかった場合には経過観察を行いますが、心不全が進行し、寿命に関わってくることが多いです。
この病気は先天性心疾患の中で手術による矯正が最も期待できる疾患です。症状が進行した場合、手術時期を逃してしまう場合もありますので、診断がついた時点で外科療法を考慮する必要があります。術後に合併症がみられずに経過が良い場合、健康なワンちゃんと変わらない生活の質を得ることができます。

症例の紹介

  • 犬種:秋田犬
  • 年齢:2ヶ月例
  • 性別:未去勢雄
  • 体重:4kg
  • 主訴:健康診断時に心雑音聴取
検査所見

聴診

頻脈(HR:200bpm)および左側前胸部にて連続性雑音聴取
股動脈にてバウンディングパルスは触知できず

胸部レントゲン検査

VHS:10v  CTR:60.1%
肺:著変無し
初期の段階であったため、心拡大の所見は認められなかった

胸部レントゲン検査

心臓超音波検査

カラードプラ検査にて肺動脈領域に短絡血流確認(動画1)
動脈管の残存も同時に確認(4.4mm径)(図3)

動画1

 

心臓超音波検査

以上より動脈管開存症と診断し、手術実施しました。(動画2)

動画2

 

手術所見

以下簡単な手術の流れになります

①左側第4肋間を切皮
②常法通りに筋肉を処理し、開胸実施
③動脈管の拍動を用手にて確認
④動脈管周囲に結紮糸を通せるように注意深く心外膜を剥離
⑤動脈管を結紮するための糸を通す
⑥大動脈側の動脈管から結紮し、血圧などのバイタルを確認しつつ動脈管を結紮
⑦同様に肺動脈側の動脈管も結紮
⑧用手にて動脈管の拍動が消失したか確認
⑨胸腔チューブ設置
⑩常法通り閉胸

術後の経過も非常に良好であり、術後3日で退院となりました。
その後の心臓の検診でも雑音などは確認できず、経過は良好です。

最後に

子犬で心雑音が聴取できた場合、この病気の可能性があります。この病気は手術で完治することができる病気ですのでしっかり診断と治療をしてあげることが非常に大切です。
当院では先天性心疾患の診断、治療に力をいれています。現在行っている治療や手術についてのご相談がございましたら当院循環器科を受診していただければと思います。