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症例紹介

循環器科

犬の肺動脈弁狭窄症

こんにちは、獣医師の久津間です。
今回は先天性の心臓病の第2回目として「肺動脈弁狭窄症」という病気について説明させていただきます。
この病気はワンちゃんの生まれつき発生する心臓病の中で2番目に多いとされている病気で、比較的遭遇する機会があるので紹介いたします。

肺動脈弁狭窄症とは

全身を流れてきた血液は心臓の右心房(下図1左)へ蓄積され、そこから心臓の収縮や拡張によって右心室→肺動脈→肺へと流れます。この右心室から肺へと血液を送る血管のことを肺動脈といいます。肺動脈には血液の逆流を防ぐ肺動脈弁が存在し、この弁が生まれつき狭くなってしまっている状態を肺動脈弁狭窄症といいます(下図1右)。
肺動脈弁狭窄症は狭窄が発生する位置により、弁より下(弁下部)、弁部(弁性)、弁より上(弁上部)の3つに分類されます。
肺動脈弁が狭くなると血液が流れにくくなり、右心室が頑張って肺へと血液を送り出そうとします。そうなると持続的に右心室には圧負荷がかかるため、右心室の筋肉が分厚くなります(心筋の肥大といいます)。
また、狭くなった肺動脈を流れる血液のスピードはとても速くなるため、肺動脈にも負担がかかり肺動脈の拡張を引き起こします(狭窄後拡張といいます)。狭窄病変が重度であり、長期間に渡って心臓に負荷がかかると結果として心不全を起こし、呼吸が苦しくなったり、お腹に水が貯留してしまいます。

図1

好発犬種

  • チワワ、ポメラニアン、ヨークシャーテリアなどの小型犬
  • イングリッシュブルドックやフレンチブルドックなどの短頭種
  • マスチフやサモエド、ビーグル、Mシュナウザーなど

症状

無症状の子がほとんどですが、狭窄病変の状態によっては動きたがらなかったり、疲れやすかったりなどの運動不耐性が認められます。重度の狭窄病変がある場合、失神を起こして突然倒れたり、呼吸が苦しくなります。また、狭窄病変が長期にわたると右心系に負担がかかり、心筋のトラブルを招きます。最終的にはうっ血性心不全(肺水腫や胸水、腹水貯留)を引き起こし呼吸困難に陥ります。

診断方法

①聴診

心雑音を見つけることが診断の糸口となります。

②胸部レントゲン検査

右室肥大所見(逆D像)や肺動脈の狭窄後拡張などの所見が認められます。

③超音波検査

肺動脈弁の狭窄所見や肺動脈の狭窄後部拡張、右心室の肥大、右心房の拡張、心室中隔の扁平化の程度を評価します。ドプラ検査にて肺動脈の最大血流速を測定したり肺動脈弁逆流や三尖弁逆流の程度も評価します。
また、狭窄の重症度については右心室ー肺動脈間の圧較差によって評価され、以下のような基準となっています。
40mmHg以下 →軽度  40~80mmHg →中程度  80mmHg以上 →重度

治療方法

大きく分けて内科治療と外科治療の2つがあります。どちらを行うかは心臓の超音波検査によって判断されます。一般的に右心室-肺動脈間の圧較差が50〜80mmHg以上の場合や右心肥大がある場合は外科治療が推奨されます。

①内科治療

狭窄によってかかる負荷を軽減させることが目的になります。基本的に以下のお薬が使用されます。

  • β遮断薬→心拍数をコントロールし、心臓にかかる負担を軽減します
  • ARB受容体拮抗薬→心筋の線維化を予防します
  • 利尿剤→うっ血性心不全が認められる場合に使用します
肺内科治療

外科治療

①インターベンション

心臓カテーテルを用いたバルーン弁拡張術が主な方法で、狭窄を起こした弁性部をバルーンで拡げます。
使用されるバルーンは肺動脈弁輪径の1.2〜1.4倍の径のバルーンが効果的です。開胸手術ではないため、動物に対する負担も少ないのが特徴です。
欠点としては、カテーテルの挿入が困難な体が小さな犬では適応外になることがあることと、狭窄部位が弁上部、弁下部の場合にはあまり効果がないことなどがあげられます。

②ブロック法

超小型犬などのインターベンション適応外の場合に選択されます。開胸下で物理的に狭窄を解除する方法で、右心室から器具を挿入して肺動脈の狭窄を拡張させます。欠点として、開胸下で行うため侵襲度が高くなります。

③体外循環下での右室流出路形成術

ゴアテックスあるいは動脈片などのパッチグラフトを用いて肺動脈の壁自体の面積を広げるため、狭窄部を拡張させる効果が大きく再狭窄を生じにくい特徴があります。また、インターベンション適応外の弁上部狭窄や弁下部狭窄に対しても有効な治療方法です。
しかし、体外循環下での手術になるので侵襲度も高くなります。

治療の見通し

軽度の肺動脈弁狭窄症であれば、健康な子と同じくらいの年齢まで生きることができます。しかし、何らかの症状がある場合や狭窄病変が重度であったり、右心不全(腹水貯留など)がある場合はこの心臓病で寿命が決まってしまう可能性が高いです。
一般的に、臨床症状がある子の生存期間中央値は74ヶ月、右心不全の徴候のある子の生存期間中央値は12ヶ月と報告されています。また重度の肺動脈弁狭窄症であれば無治療の場合、1歳未満での死亡率が53%と報告されているため、早期の治療が必要になります。

症例の紹介

  • 犬種:フレンチブルドック
  • 年齢:9ヶ月齢(初診時)
  • 性別:未去勢雄
  • 主訴:他院にて心雑音を指摘され、その精査を目的に来院されました。臨床症状は認められませんでした。
検査所見

聴診

左右の心臓(心基底部)より心雑音を聴取しました(Levine3/6)

胸部レントゲン検査

VHS(胸骨心臓サイズ):12.5v、CTR(心胸郭比)56%
心拡大所見があり、右室肥大所見である逆D像も認められました(図2,3)

図2、図3
心臓超音波検査

ドプラ検査により肺動脈領域にてモザイク血流を確認しました(下記の動画参照)

モザイク血流の速度を測定すると447cm/secと重度の狭窄病変を確認しました(図4参照)
右心室-肺動脈間の圧較差は80.1mmHgと程度としては重度の肺動脈弁狭窄症と診断しました。

本症例は弁性狭窄が主な原因であり肺動脈弁輪径は10~12mmでありました(点線A・B)狭窄後部拡張所見も確認できました。(点線C)
また、冠動脈の走行異常によって狭窄が生じることもありますが、本症例では確認されませんでした。(図5)
以上より重度の肺動脈弁狭窄症(弁性狭窄)と診断し、飼い主様に外科的治療を提案したところ、同意を得ることができましたので低侵襲であるバルーン弁拡張術を実施することとしました。

図5
手術所見(バルーン弁拡張術)

①頚部の皮膚を切皮し頚静脈を露出(カットダウン法)
②心臓カテーテルを挿入するためにまず針を頚静脈内に留置(図6)
③シースイントロデューサーを頚静脈に挿入し、固定(図7)

図6、7

④シースより血管造影カテーテルを挿入
⑤外科用X線撮影装置にて透視を行い、カテーテルの位置確認(下記動画)
⑥同カテーテルを右心室まで挿入し右室内圧を測定(バルーンによる拡張前は50mmHg)

 

⑦同カテーテルより造影剤を注入し、狭窄病変確認(下記動画)

⑧ガイドワイヤーを先行させたところでバルーンカテーテルを狭窄病変まで進める
⑨バルーンカテーテルを狭窄病変の中央に位置させたところでバルーンを拡張させる(動画参照)

⑩数種類のバルーンカテーテルにより狭窄病変を拡張させ、圧負荷の軽減が得られたところで終了
(拡張後の右室内圧は35mmHgと軽減)

手術後の肺動脈血流速は293cm/secと手術前に比べて軽減しました(手術前447cm/sec)。
術後も大きな合併症もなく非常に安定していたので入院も2日間と短期間で退院となりました。
今後は肺動脈弁の再狭窄が起こらないか経過観察していく予定です。

最後に

当院循環器科では、先天性心疾患の診断および治療に力をいれています。生まれつき心臓に雑音があるけれども原因がわからなかったり、現在行っている治療や手術についてのご相談がございましたら当院循環器科を受診していただければと思います。