犬の膝蓋骨脱臼
こんにちは、獣医師の嶋田です。 今回は、整形外科において最も多く遭遇する犬の関節病である膝蓋骨脱臼についてご紹介します。
犬の膝は赤丸で囲まれた所です。膝関節は大腿骨、脛骨、膝蓋骨の3つの骨で形成されるとても複雑な関節です。
膝蓋骨脱臼ってどんな病気?
膝蓋骨について
膝蓋骨は、本来大腿骨の正面にある滑車溝というくぼみに収まっています。これを大腿四頭筋、膝蓋靭帯、外側支帯、内側支帯、関節包という組織が支える構造になっています。このように膝蓋骨が大腿骨の正面で安定することで、膝関節はスムーズな屈伸運動ができるようになります。
脱臼とは
関節を構成する骨が本来の位置から外れてしまうことを脱臼といいます。
- 膝蓋骨脱臼は膝蓋骨が滑車溝から外れてしまう病気です。様々な原因により膝関節が緩むと膝蓋骨は膝関節を伸ばした時に内外どちらかに脱臼するようになってしまいます。
- 膝蓋骨脱臼は小型犬(特にチワワ、ポメラニアン、トイ・プードル、ヨークシャー・テリアなどのトイ種・ミニチュア種)に多い病気ですが、大型犬にもみられます。脱臼の方向は小型犬・大型犬ともに内方脱臼が多く認められています。(内方脱臼:全体の約90%、外方脱臼:約10%)
膝蓋骨脱臼はどうして起こる?
2つの主要な要因があります。
1.骨格・体型
膝蓋骨を支える構造の内側と外側の張力がアンバランスなため生じます。膝蓋骨内方脱臼では大腿骨の形状と内側支帯の筋群の成長に異常が起こるため、内側への張力が過剰になると考えられています。小型犬(特に5kg未満)で多く見られるタイプです。
2.外傷(体のサイズに関わらず、事故で生じるタイプ)
交通事故などのエネルギーの大きい外力が加わって生じるタイプです。
骨格・体型の問題から生じるケースでは、成長とともに脱臼が徐々に進行していく傾向にあります。この場合、痛みが生じることは少なく、異常に気づかないことが多いです。
比較的気づきやすい症状を以下に記載しますので、参考にしてください。
なお、これらの症状がみられる場合、骨格の成長が終了する1歳半頃までは定期的な診察にいらっしゃることをおすすめします。
特徴的な症状
- たまに片足を上げて3本足で歩く(スキップ様歩行)。気が付くとすぐに4本足で歩いている。
- 歩いている最中に後ろ足を後方に蹴るようにしている。(自分で脱臼を直している)
- 足先が内側に向き、膝はガニ股で腰を落として歩く(内方脱臼の特徴)
- 歩幅が狭く、ヒヨコのようによちよちと歩く
- 抱き上げた時に「パッキン」「カックン」といった音(振動)が鳴る
- 階段やソファなどの段差を登りたがらない
- ジャンプするのをためらう
- 時々「キャン」と鳴き痛がって後ろ足を気にしている
痛みについて
成長期にゆっくりと進行していく膝蓋骨脱臼では痛みがないことが多いです。ただし、急激に脱臼の程度が進行した場合や、長期にわたり繰り返す脱臼により関節軟骨が削れてしまうと痛みを生じることがあります。
一方、外傷性に脱臼した場合では痛みを伴いやすいです。
治療法
治療は内科治療と外科治療があり、脱臼のグレード(1〜4)、重症度、年齢・体重・活動性・合併症の有無のなどを総合的に検討し、ベストな方法を選択します。
膝蓋骨脱臼のグレード | |
正常 | 膝蓋骨は脱臼しない |
1 | 通常で膝蓋骨は正常な位置に収まっている。検査者の手で膝蓋骨を押すと脱臼し、手を離すと自然に元の位置に戻る。 |
2 | 通常で膝蓋骨は正常な位置に収まっている。 検査者の手で膝蓋骨を押しながら足先を回転すると脱臼し、手を離し足先を逆回転すると元に戻る。 |
3 | 通常で膝蓋骨は脱臼している。 検査者の手で膝蓋骨を元の位置に押せば戻るが、手を離すと脱臼してしまう。 |
4 | 通常で膝蓋骨は脱臼している。 検査者の手で膝蓋骨を押しても元の位置に戻らない。 |
膝蓋骨内方脱臼による跛行(症状)の有無 | |
膝蓋骨内方脱臼による障害の有無 | |
関節軟骨の障害の有無 | |
骨格変形の有無 | |
年齢・体重・活動性 | |
骨格変形の有無 |
内科治療
膝蓋骨内方脱臼の内科治療は保存療法です。根本的な構造の異常に手を加えるのではなく、疾患と付き合いながら、どのような生活の質を保っていくかということに焦点をあわせます。
代表的な内科治療を以下に記載しました。実際にはこれらの内容を組み合わせて治療プランを考えます。
脱臼のグレードが悪化するのを予防し、生涯歩ける膝関節を維持していくことが治療の目標です。従って、比較的軽度な脱臼の子が対象となり、通常の歩行が難しいほど重度な症状では保存療法は困難なことが多いです。
内科治療 |
リハビリテーション |
環境の整備 |
体重管理 |
関節系サプリメント |
鎮痛薬(痛み止め) |
サポーター |
外科治療
一方、外科治療では根本的な構造の異常を整復し、本来の膝および後ろ足の機能に近づけることが目的です。重度な脱臼の状態(グレード3・4)である場合、あるいは軽度な脱臼でも症状が強く日常生活に支障を感じる場合には、外科治療が推奨されます
外科治療 |
滑車溝造溝術 |
脛骨粗面転移術 |
内側支帯解放術 |
外側支帯縫縮術 |
その他 |
外科治療(手術)は上記の術式を組み合わせて、大腿四頭筋ー膝蓋骨ー膝蓋靭帯ー脛骨粗面をそれぞれ正常な位置へと整復します。
造溝術の様子
「手術写真(クリックすると開きます:苦手な方は控えてください)」
術後は適切な安静とリハビリテーションを行ないます。術後3ヶ月ほどで膝関節は安定化し、運動することができます。
無治療の場合のリスク
- 度重なる負荷によって、膝関節の骨格が変形し、重度の変形につながった場合には、膝関節では上手に体重が支えられず、他の関節にも余計な負担が生じてしまい、痛めてしまうリスクがあります。
- 歩簡単に脱臼と整復を繰り返してしまう膝関節では、歩くほどに膝蓋骨と大腿骨がこすれ合い、関節表面の軟骨組織が削られます(軟骨びらん)。進行性の軟骨びらんは強い痛みが生じ、明らかな跛行を生じるようになります。
- また長期間に膝蓋骨脱臼のある犬では膝の靭帯断裂(前十字靭帯断裂)が併発しやすくなるといわれています。(膝蓋骨内方脱臼を罹患している中高齢犬の15〜20%で発症)