犬の僧帽弁閉鎖不全症
こんにちは、獣医師の久津間です。
今回は、ワンちゃんの心臓病で多い「僧帽弁閉鎖不全症」についてご紹介したいと思います。病気を理解しやすいようにはじめに心臓の構造と血液の流れについて説明させていただきます。
心臓の構造と血液の流れについて
心臓には左右それぞれに心房と心室があり、全部で4つの部屋に分かれています。全身に送られた血液は静脈を通って心臓に戻されます。そして右心房から右心室へ流れ、肺動脈を通って肺で新しい酸素を含んだ血液(動脈血)になります。その後、血液は肺静脈を通って左心房から左心室へ流れ、大動脈を通って全身へと送られます。この流れを逆流が起こらないように一方向に保つため心室の入口と出口のところに心臓弁があり、閉じたり開いたりして調節しています。
左心房と左心室の間にある心臓弁を僧帽弁、右心房と右心室の間にある弁を三尖弁といいます。またそれらの弁は乳頭筋(心室内において乳頭状に飛び出している筋肉)からでている腱索によって支えられています。腱索とは細い線維状のものであり糸でつながれたパラシュートのような形をしています。
僧帽弁閉鎖不全症とは
左心房と左心室の間にある僧帽弁が変性し、左心房から左心室に流れる血液が左心室から左心房へ逆流が生じる病気です。血液の一部が逆流するため、心臓から送り出される血液量が減少するとともに心臓や肺で血液の流れが滞ります。初期では症状を示さないことがほとんどですが、逆流量が多くなると「元気がない、疲れやすい、寝ている時間が多い」などの症状がみられるようになります。しかし、これらは年齢によるものと思われがちで病気と気づかれないことが多いです。症状の多くは「咳の増加」です。特に夜間や興奮、飲水時に出やすく、むせるまたは吐くような咳をします。これは心臓が滞った血液により大きくなるため、心臓の上に位置している気管や気管支を刺激するからです。血液の逆流が重症となり、更に心臓が大きくなっていくと肺にまで負担がかかるようになります。そうなると肺に水がたまる「肺水腫」になってしまい、苦しそうな呼吸をしたり急にふらついたり倒れたりと救急の治療が必要になります。
僧帽弁閉鎖不全症を起こしやすい犬種
中年齢から高齢の小・中型犬に多くみられます。
- チワワ・ポメラニアン・プードル・ミニチュアダックスフント
- マルチーズ・キャバリア・ヨークシャーテリアなど
原因
1.弁そのものの障害
- 僧帽弁の変性
- 心内膜炎
- 歯周病
などが関わっているとされています
正常な僧帽弁
薄い膜状で半透明。腱索も細く緊張感がある。
変性した僧帽弁
厚く歪んでいて透明感無し。腱索も太く歪んでいる。
左心室が大きくなることで発生する逆流
他の心臓病(動脈管開存症、心室中隔欠損症、拡張型心筋症など)により僧帽弁が閉まりづらくなってしまい、逆流が生じます。
診断方法
1.聴診検査
身体検査で心臓の雑音を聴取します。雑音の程度は6段階(Levine分類)に分かれており、1がわずかな雑音であり、6が最大のものとなります。
大切なのは「心雑音が聴こえる=治療が必要」というわけではありません。
更なる検査を行い、心臓病の診断と重症度を把握することが必要です。
2.心電図検査
心臓のリズムを検査し、不整脈がないかを確認します。
3.血圧検査
心臓からの血液の拍出の状態と血管の状態を調べます。(高血圧あるいは低血圧がないか確認)また、心臓病のお薬は心臓の負担を減らすために血管を拡張させ、血圧を下げるものを使用するため、治療効果を調べるためにも有効です。
4.胸部レントゲン検査
心臓の大きさと肺の様子を調べます。心臓が大きくなることで気管や気管支に影響を及ぼすことがあり、それが咳の症状を悪化させていることもあります。心臓の大きさの評価にはVHS(胸骨心臓サイズ)という指標を使い、大きさの測定を行います。また心臓のポンプ機能が低下することで、血液が滞って肺に血液が漏れ出ていないか(肺水腫)を調べます。
レントゲン検査での心臓の大きさを測定
真ん中の白い球体部分が心臓です。
肺に水が貯留している状態(肺水腫)のレントゲン画像です。 赤矢印の場所が肺水腫の所見の箇所です。
肺は正常であれば黒くレントゲンに写りますが、肺水腫により白くなります。
肺水腫の治療をした後の写真です。赤矢印で示した肺の領域が黒く改善されているのが確認できます。
5.心臓超音波検査
超音波検査では心臓の動きをリアルタイムに測定できます。主に心臓の動きや逆流量、収縮率や心臓内の構造を確認します
弁の形態の評価
赤丸で囲ったところが僧帽弁です。
正常の子と比較して肥厚しているのが特徴です
心臓拡大評価
左心房(LA)の大きさを大動脈(AO)の大きさと比較して何倍に大きくなっているか確認しています(LA/AO)
血液の逆流の評価
逆流の速度を測定することで心臓病の進行程度や重症度を調べることが可能です。色がモザイク状に出ているところが血液の逆流がある場所です。
心臓の収縮率の評価
心臓の収縮時と拡張時の左心室の大きさを調べます。心臓が拡張した時左心室の大きさ(左室拡張末期径(LVIDd))も心拡大の指標となります。
心左心房の圧負担の評価
左心室に流入する血液の速さを測定することで心不全の重症度を判断します。
動画は本疾患の子の超音波動画です。左心房と左心室の拡大と僧帽弁の動きが特徴的です。
上の動画にカラードップラーをのせて、血液の逆流を確認している動画です。
赤色と青色がモザイク状に出ている場所が血液の逆流が起きている所です。
この検査方法により、血液の逆流の速度や左心房圧を測定しています。
治療について
僧帽弁閉鎖不全症の治療は診断で説明した検査を実施し、病期に適した治療方法や薬を選択する必要があります。
ACVIM 心不全分類
現在、犬の慢性僧帽弁疾患(僧帽弁閉鎖不全症)はアメリカ獣医内科学会(ACVIM)が定めたガイドラインによって薬剤の投与や各症例のステージ分類が行われています。
心拡大の評価
- 心陰影の拡大…胸部X線検査で胸骨心臓サイズ(VHS)を評価
- 左室拡大…心臓超音波検査で左室拡張末期径(LVIDd)を評価
- 左房拡大…心臓超音波検査で左心房・大動脈比(LA/AO)を評価
治療方法
大きく分けて内科的治療と外科的治療の二つがあり、それぞれメリットデメリットがあります。
内科的治療 | 外科的治療 | |
メリット | 軽症例であれば心不全に進行しない可能性 |
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デメリット |
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内科的治療は心臓の負荷を軽減することが主体であり、生活の質(QOL)の改善が目的です。一般的には血管拡張薬や強心薬、利尿剤などが使用されます。血管を拡張することで心臓にかかる負担を軽減したり心臓の保護をしたりします。また、心臓の収縮を補助することで全身のむくみを改善するなどの心不全の症状を軽減します。
内服薬の投薬のタイミングは先ほど記述させていただいたACVIM分類に基づいて行うのが一般的です。諸説ありますが、最新の報告ではStageB2の無症状の時期からピモベンダンという強心薬を投薬することで心不全発症までの期間や心臓病で亡くなるまでの期間を延長できたとの報告があるため、正確なステージ分類を行うことが大切になります。
外科的治療は変性した僧帽弁を修復する僧帽弁形成術が一般的です。人で実施されるような機械弁や生体弁を用いた僧帽弁置換術は、非常に高価であったり抗凝固剤の長期投与が必要であったり、弁の硬化による再手術が必要になったりと、獣医領域でほとんど実施されていません。
僧帽弁形成術は広がった弁輪部を糸で縫合する弁輪縫縮術と断裂した腱索をePTFE糸という特殊な糸で再建する腱索再建術より成り立ちます。
弁輪縫縮術
僧帽弁輪部を縫縮することで拡大した弁輪部を縮めることができます。
これにより血液の逆流量を軽減します。
腱索再建術
腱索は乳頭筋を土台として発生しており、僧帽弁を支えています。
腱索が断裂したり緩んだりすると僧帽弁の構造が脆弱になり、血液の逆流が生じます。
腱索を新しく再建することで僧帽弁の構造が保たれ、血液の逆流量を軽減することができます。
まとめ
僧帽弁閉鎖不全症はワンちゃんの心臓病で最も多い疾患です。重症度はその子によって大きく異なっており、治療が必要でない子から積極的な治療が必要な子までいます。
当院では上記で述べた診断方法に基づき病気の重症度や進行度を判断し、飼い主様と相談して治療方針を決めていきます。外科的治療を望まれる場合は専門の施設をご紹介いたします。
治療が必要かどうかの判断や現在行っている治療の相談、手術希望の方は是非当院循環器科にご相談下さい。